大学生になってからカメラ沼に嵌る。 気づいたら毎日EOS-1D Xを持ち歩くようになってしまった。 スナップも風景も全部含めて、目で見てきれいだと思ったものはすべて撮るようにしている。
kawashimaの使用カメラ
kawashimaの使用レンズ
年々増して、夏が暑くなっていく。それはどんどん過ごしづらくなっていくし、もちろん その暑さについて辟易もしている。でも、その暑かった夏を、後の季節になってちゃんと 憶えていられるのだろうかと考えてしまう。
あるいは、暑いと思いながら撮った写真たち は、そのあとどのように見られる 、、、のだろう。考えてしまうばかりではしようがないから、 毎日、とりあえずシャッターを切ることにしている。
そんなある日、アールイーカ メラ様を通してmarumi 様から興味深いフィルターを貸してもらえることになった。
なついろパンチとアルプスパンチである。
これらのフィルターは 2022 年に発売されたユニークなフィルターである。
marumi 様自身 が「解像度のいらない世界へ」と触れているように、あえて解像度を下げるとともに、基本的にはなついろパンチ!は青色に、アルプスパンチ!は暖色(橙~緑)に色が寄るように 設計されている。
今回は 52mm 径をお借りしたので、私の愛機である EOS-1D X+EF50mmF1.4 USM でいろいろと撮り回った形跡をご紹介したいと思う。
また、本稿では素材の味を活かすため、切り抜き以外のレタッチは行っていない。
まずは感触を確かめるために、とりあえずつけていろいろ撮ることにした。
アルプスパンチ!から紹介する。
かつて北国への玄関として荘厳とたたずむ上野駅に視線を向ける者も、今ではほとんどい ない。
少々設定が違うので正確な比較にはならないが、色の寄り方が一目瞭然だし、解像度の変 化もとても大きい。ネット記事で作例を見る限りではそんなに寄らないのかな…?と考えていたが、私の予想を遥かに超えてくることとなった。フィルター有りのほうが絞っているにも関わらず、この画がでてくるのは本当にユニークとしか言いようがない。アルプスパンチは普段の私の作風から離れた色に転んでいくので、いろいろ理解するのに少し時間を要した。
次になついろパンチ!をつけてみる。
こちらも解像度の落ち方はすごいが、色の転び方はまぁまぁ予想通りだった。少し緑よりのこの青色は、なんだか昔食べた青色のゼリーの色味を思い出す。私としてはなついろパンチ!のほうが好みな気がした。
解像度をさげるということ、あるいは何かをそぎ落とすことは、抽象性をあげる行為でもある。
そういう写真が撮れるといいんだなと思って、あまり解像が求められない、情報が
多すぎない写真を撮ろうとしたけれど、それはそれでまた難しいものである。
青色によるからか、京王レッドのような赤やピンク系統の色の写りがはっきりするようである。
郊外電車が、離れ離れの街を結んでいく。
解像度の緩さが心象風景みたいだ、と思った。
適正露出で撮っているはずだが、どうやらアンダーにもよるのだろうか。
この世は文字であふれかえってしまっているけれど、あえて読まない、読まなくていい、ということもあるかもしれない。
ここらへんでまた、アルプスパンチをつけてみることにした。
やはり解像度は落ちてしまっているが、先ほどの上野駅の写真に比べると思ったより色の転びが少ない。それでもアルプスパンチの緑と、もともとの葉の色が相乗されてとても強調されている。
撮ってるうちになんだかこのフィルターは何かものをとい写すというよりは、フィルターの傾向を反映しながら「色」を写すものであるんじゃないかと思うようになった。
空の青にアルプスパンチの黄緑がのって、すごいことになってしまった。まるで異空間のような色味なのに、現実的な道路標識がミスマッチで面白い。
それでもなんだか、日々を写しているような感触がしなくて、少しアルプスパンチの扱いに戸惑うことがつづいた。
時は移って、夏合宿。今年は伊豆高原へ。流れるバスの車窓から。
確かに青が強調されてはいるけれど、確かに言われてみればこんな感じの色味だった気がしなくもない。それも含めて、記憶の中で風化していく風景と写真が一致するように色味づくりがなされてるのかもしれない。
ここでようやく、色温度によって色味が変化することを知った。
ホワイトバランスを太陽光(5200K)に設定すると、アルプスパンチの緑色がずいぶん緩和
された。なんだかカラーネガフィルムの KODAK Gold200 に色味が似ている気がする。
最近 Gold200 がマイブームなので、この写真が撮れてアルプスパンチ!が好きになった。
最後に、なついろパンチ!と散歩した品川の写真を。
上の人々の写真のあいまいさと青のより方が、なんとなくポジフィルムのような透明感のある雰囲気が出ている気がする。その一方で、下の写真は緩さを持ちながらも意外ときれいに解像してくれている。影というのは曖昧なものなので、実はこれくらいの雰囲気で残してあげたほうが、彼ら(?)の性に合っているかもしれない。
この 2 つのフィルターは、見たものをそのまま残すというよりは、その心象を残してくれる写真を出してくれる。撮っているときは解像度が下がるのが若干気になりはしたが、あとあと見返すといい写真が多く、借りた期間中ずっとつけてればよかったな~と後悔。
とても情緒的で良いフィルターだった。読者の皆様も、機会があれば使ってみてほしい。
また、フィルターを貸していただいた marumi 様と、この場を用意してくださったアールイーカメラ様に心からお礼申し上げたい。ありがとうございました。
大学生になってからカメラ沼に嵌る。 気づいたら毎日EOS-1D Xを持ち歩くようになってしまった。 スナップも風景も全部含めて、目で見てきれいだと思ったものはすべて撮るようにしている。
kawashimaの使用カメラ
kawashimaの使用レンズ